穀物メジャーが台頭するきっかけとなったのは、1970年代のソ連(当時)による米国産穀物の大量買い付けでした。当時、ソ連は干ばつなどにより深刻な食糧不足に陥っていました。世界は冷戦下にありましたが、ソ連は米国から穀物を大量に輸入し始めます。これを機にソ連向けの穀物取引を担った欧米の穀物商社に注目が集まり、穀物メジャーと呼ばれるようになったのです。
ソ連の大量輸入は、米国の穀物輸出に構造的な変化をもたらしました。かつては穀物の余剰在庫の処理が輸出の主な目的でしたが、これを機に海外市場をより積極的に獲得していくための輸出へと転換し、その担い手である穀物メジャーの存在感が高まっていきました。
膨大な量が取引される穀物流通においては、集荷・保管・輸送能力の大小が競争力の差となるため、企業規模の追求が欠かせません。このため、穀物メジャーの間では80年代以降、合併・買収が繰り返されました。長い間、穀物メジャーといえば米カーギル、コンチネンタル・グレイン、クック・インダストリーズ、ブンゲ、仏ルイ・ドレフュスなどを指しましたが、現在では再編が進み、先述したカーギルとADMの2強体制になっています。