既に一部の高級車の部材に利用されていましたが、一般車種への本格的な採用はこれからです。普及のカギを握るのは生産コストの低減です。炭素繊維は鉄より高価なうえ、折り曲げなどの加工が難しく、自動車に組み込むには複雑で時間のかかる成形工程が必要です。大量に使えば1台当たりの部材費がかさんでしまいます。そこで国内メーカー各社は自動車各社と協力して、低コスト化技術の開発にしのぎを削っています。
帝人は冷却すれば固まる「熱可塑性樹脂」を使った炭素繊維複合材の生産技術を開発し、従来は10分程度かかった成形時間を1分以内に短縮することに成功しました。米ゼネラル・モーターズ(GM)と提携して、量産車への採用を目指しています。東レは独ダイムラーと合弁会社をつくり、炭素繊維複合材を使った自動車部品の生産を始めています。熱を加えて固まる「熱硬化性樹脂」を使った炭素繊維複合材の成形時間の短縮にも力を入れています。三菱レイヨンは高度な繊維加工技術を持つ独企業を買収するなど、炭素繊維の開発を強化。14年4月に独BMWが発売した、車体に炭素繊維を採用した電気自動車「i3」向けに炭素繊維の原糸を供給しています。
産官学の連携も始まっています。名古屋大学が13年に開設した経済産業省が主導するプロジェクトの研究開発拠点には、炭素繊維メーカーのほか、自動車メーカーや部品メーカーなどが参加して、炭素繊維を使った部品の実用化を目指しています。
もちろん有望市場を狙っているのは国内メーカーだけではありません。これまで後れをとってきた欧米の素材・化学メーカーも対応を急いでいるほか、今後は中国や韓国などの新興メーカーが台頭する可能性もあります。これに先駆け14年3月、炭素繊維で世界首位の東レが同3位で廉価品ではトップの米ゾルテックを買収しました。同社が持つ低コストの生産技術を取り込むとともに、生産規模の拡大によりコスト競争力を高め、世界市場で優位を維持する狙いです。
半導体、薄型テレビ、発光ダイオード(LED)、太陽光発電――。これまで日本メーカーが世界で先行していた技術はたくさんありましたが、いずれも価格競争でアジア勢に追いつかれてしまいました。炭素繊維ではこの轍(てつ)を踏むことなく、日本勢がさらに飛躍することが期待されます。