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2月 セーブ・ザ・チルドレン・ジャパン 鈴村彩乃さん――日本人スタッフは1人。ネパールに駐在し子どもたちを支援!ネパール駐在員[セーブ・ザ・チルドレン・ジャパン]鈴村彩乃さん

――ネパールの子どもたちが無事卒業まで学べるように

昨年2月からネパールに駐在し、子どもたちの初等教育を支援しています。駐在から約1年が経ち、現在一時帰国中です。また来週にはネパールに戻ります(笑)。
ネパールの初等教育は、小学1〜5年生までで、就学率は男の子で90%、女の子で78%。でも、ちゃんと卒業する子は半数程度なんです。一家にとって幼い子どもも重要な働き手であるため、途中で学校を辞めることになってしまうんですね。最後まで勉強を続けてもらうために、教員研修を行ったり、子どもたち自身に学ぶ権利があることを知ってもらったり、学ぶ環境を整えるための支援を行うのが私たちの役目です。

――日本人スタッフはたった1人

事務所は首都カトマンズにあります。日本人スタッフは私1人で、あとは皆、現地スタッフです。事務所のスタッフとの会話は英語ですね。
私たちが支援しているエリアは南東部と、中西部にあり、月に1〜2回は現地に行きます。一度行くと1〜2週間ほど滞在します。インドに近い平野部は、ネパールのなかでも貧しい地域で、1クラスに150〜160人もいます。同じネパールでも丘陵部は1クラス30人前後です。ネパール全体として教育レベルの平均値が上がっていても、奥地では、まだまだ深刻な状況は続いています。また、教育現場だけでなく、女の子が幼いうちに結婚させられることも大きな問題です。日々、取り組むべきことが山積みですね。

――1日のうち16時間が停電!?

1年間ネパールで暮らし、今ではとても居心地がよくなりましたが、最初は大変でしたよ(苦笑)。カトマンズは想像以上にほこりっぽくゴミゴミしていて驚きましたし、地方の学校では電話がないところがほとんどです。途上国なのでインフラが整っていないんですね。1日のうち16時間が停電なんてこともあり、ロウソクもムードづくりのアイテムではなく生活必需品です(笑)。反政府運動も日常的で道路封鎖なども起きます。正直、ここまで大変だとは思っていませんでした。

――半年経って、やっとヨガやネパール語を楽しむ日々

個人的に困ったのは、住む家を確保できたとしても、必要なものがなかなかそろわないこと。家具もイチから作らなければいけなかったりして、自分で買いにでかければ一通りそろうという環境ではないんですね。生活の立ち上げに半年かかりました。暮らしの基盤が落ち着いて、やっとヨガを習ったり、ネパール語の勉強を始めたり、遊びにでかけるようにもなりました。最近は、仕事とのメリハリをつけるため、家ではパソコンをつけないようにしています。日本の友達と連絡を取るためについついパソコンをつないでしまうんですが、そうすると、どうしても仕事をしてしまう。だから、もうできるだけ電源を入れないんです(笑)。やはり切り替えは必要です。

――ありのままを受け入れること

海外旅行や海外生活も数多くしてきましたが、やはりどこでも“ありのままを受け入れること”が大事だと思います。“郷に入ったら郷に従え”です。いちいちびっくりしていたり、腹を立てていては身がもちません。それは先進国だから途上国だからという差はありません。新しい場所に身を置いた時、自分の固定観念で「きっとこうだろう」「これが常識」と思うことがストレスを生みます。自分を持つことは必要ですが、自分の価値観をそのまま持っていてはいけないと思っています。

――常に自分の窓を大きく開く

ネパールの人たちはとても働き者で、謙虚で人なつこく、どこか日本人に似ています。他国の駐在スタッフと話していても、ネパール人との仕事のしやすさを感じます。でももちろん、一概に国民性だけでは語れませんし、個人個人の性格があります。ネパールだからこうしよう!ではなくて、どこであれ誰であれ、常に自分の窓を大きく開いていくことが大切なんだと思いますね。

――大手メーカーを2年半で退職

私は大学卒業後、メーカーで輸出業務に携わっていました。すごく働きやすくて環境もいい職場でした。仕事と並行して、週末だけ、大学時代から関わっていた非政府組織(NGO)の活動もボランティアとして続けていたのですが、週末だけだと限界があるんですね。それで、開発援助の仕事を自分のキャリアとして築きたいと思うようになり、2年半ほどで会社を辞めたんです。日本では“石の上にも3年”って言いますし、皆、驚いていましたね(笑)。

――現場をよく知ってからでも遅くない

その後、経済協力開発機構(OECD)日本政府代表部(在パリ)での勤務を経て、国際協力銀行(現・国際協力機構/JICA)の業務などに携わりました。先進国各国の代表が集まり、政府開発援助(ODA)の政策を決める会合にも参加するなど、日本を代表するような立場でハイレベルな援助政策を考えていました。面白みも醍醐味(だいごみ)もある仕事ではありましたが、現場を知らないまま会議を重ねることに違和感を感じ、いろんな現場を知ってからまたここへ戻ってきたって遅くないんじゃないかと思ったんですね。自分自身、専門性をもっと深めたい気持ちもあり、セーブ・ザ・チルドレン・ジャパンへ転職したんです。

――9歳の女の子が子どもの権利を語るまでに

この仕事の喜びは、子どもの笑顔を見られること、成長を感じられることですね。現地を訪れるたびに子どもたちが目に見えて変わっていくんです。先日、子どもたちが自主的に子どもの権利についてのイベントを企画したんです。政府関係者も呼んで、14歳の男の子が司会進行をして、ゲストとして9歳の女の子が講演をするんですよ。立派だなぁと見守っていたら急に「一言スピーチを」なんて声をかけられて、思わず私の方がひるんでしまいました(笑)。こうして子どもたちの意識の変化を実感できると、こちらのモチベーションも上がります。もっとがんばろうと力をもらいました。

――人をマネジメントする力

子どもたちの意識を変えるためには、まず校長先生や教員の意識の高さを保つことが重要で、我々と現地スタッフとのコミュニケーションはやはり大切です。でも、言葉と距離の壁があり、もどかしい思いも多いです。でもこの仕事は人をどうマネジメントできるかが肝心でもあります。私に期待されていることも、そのあたりだと思っています。現場との連絡を密に取ること、現場は毎日状況が変わっていくものだと理解することを心がけ、皆で進んでいきたいですね。ネパール語も、タクシーで現地の人と間違われるくらいまでには身についてきました(笑)。

――いずれは結婚も子どもも

今後も各国をめぐりながら仕事を続けていきたいと思いますが、もちろん結婚もしたいし、子どももほしいと思います。自分に子どもがいたら、支援への視点も変わると思いますし、いい影響がたくさんあると思うんですよね。子ども連れで駐在している人にも出会いますし、私もやりたいことを続けながら家庭を持てたらいいなと思っています。ただ、この暮らしに賛同してくれる男性は…なかなかいませんね(笑)。

――新しい文化や人に出会うことは面白い!

今こうして日本に戻ってくると、私自身、問題意識が薄れてしまっていることを感じます。日本人は平和ボケしているなどとも言われますが、世界でどんなことが起きているのか、私ももっと知りたいですし、皆にも知ってもらいたい。今、日本では海外に行きたい人が減っているらしいですが、それが不思議で仕方ないんです。私は自分と違うものにひかれます。新しい文化、新しい人たちに出会うことは本当に面白いし、自分にいろんな視点をもたらしてくれますよね。自分の知っている範囲で生きるだけでなく、新しい世界を楽しむ人が増えてほしいです。私たちの活動が、世界を意識するなにかのきっかけになれれば嬉しいですね。
今、個人的に興味があるのはアフリカです。セーブ・ザ・チルドレン・ジャパンの活動は現在アジアが中心ですが、アフリカへの支援も広げられたら、ぜひ現地に行きたいと思っています。

取材後記

「食材以外は現地でなんとかなる!」と笑う鈴村さんですが、以前、小さなかすり傷が原因で1週間歩けないほどの重症な感染をひき起こしてしまった苦い経験もあり、健康管理の大切さを痛感したそうです。現在セーブ・ザ・チルドレン・ジャパンで海外常駐スタッフは計8名。そのうちの1名に選ばれている使命、自分の役割を理解しながら、新しい環境でやり抜くことはたやすいことではありません。彼女が何度も口にした“ありのままを受け入れる”という言葉にも強い説得力があります。「まだまだやりたいことが生まれてきている。『子供の支援と保護』についても専門性を深めていきたい」とキラキラ輝く目で話す姿が印象的でした。

鈴村さんのネパール支援についても紹介されているセーブ・ザ・チルドレン・ジャパンのホームページ。現在、「ハイチ地震緊急支援」の協力を呼びかけています。(http://www.savechildren.or.jp/ セーブ・ザ・チルドレン ホームページ

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